2008年04月02日
+ON WAR+ チベットに想う
中国がチベットを相当痛めつけているらしいニュースや映像がネットを通して飛び込んでくる。私は2回ほどダライ・ラマが訪日した時に両国国技館へ講演を聞きに行ったから、この騒動はとても胸が痛みます。法王がどのようなお気持ちだろう..と思うと..。
ダライ・ラマは始終笑みを絶やさない人だが、講演の終わりは必ずチベットのことに行き尽くし、本当にチベットの平和を願ってやまない慟哭のような気持ちが伝わってくるのです。
しかし、ダライ・ラマは「愛と平和のムーブメントを起こしたい」と講演でお話していたけれど、今の北京五輪に向けての聖火ランナーにまつわるチベット解放運動は、まさにそのムーブメントのうねりを起こしつつあるんじゃないかと、私は密かに喜んでます。チベットで暴動が起きてたくさんの人が殺されたのは悲しいが、今、それが何か大きな変化をもたらしそうな予感。多くの屍を超えて..という感じではあるけれど、成功を祈りたい。
以前に拝聴したダライ・ラマの講演内容を掲載しておこう。
÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷
2005年4月9日(土)pm2:00~pm4:00 両国国技館にてとったメモ
古今東西多くの人間が存在してきましたが、私達はその一人に過ぎません。
一人の人間の将来・未来、そして私達の将来・未来は人間性に関わっていくものであり
一人一人の人間性を認識していくこと、それが将来を左右していくからです。
「自分」という意識が自分一人しか見えない、自分以外、他の人の事など見えないようにしています。
自分の周りを見ることが大切です
ごく一般的に人間には様々な苦難に直面する。
それは自然に起きてきます。
しかし苦難を解決していく力が私達には備わっているのです。
そして私達人間の力には、破壊的な力と建設的な力ががあり
破壊的な力とは怒りや嫉妬で、その逆の働きをする愛、忍耐も備わっているのです。
ですから、例えば、毒となる植物は、薬草となることもあるわけです。
ごく自然に物事には、建設的な面と破壊的な面が備わっています。
ですから、私達は他の人に役に立つ事をすすんでやり、害を与えることはつつしむことです。
破壊的な事を建設的な事に変えていくというのも一つの方法です。
ですから、私達の心には良いもの、悪いもの、破壊的なものと建設的なものがあり
建設的なものと破壊的なものを認識しなければなりません。
そして、この世には様々な人間がつくり出してしまった問題は
心の中の問題を変えることによって減らしていけるのです。
「老・病・死」など自然に出てくる苦しみも、心の中を変えていくことによって
幾分、変えていけます。
そして私達人間には良い資質が備わっています。
「思いやる」気持ちは命あるもの全て、母からの愛情に育まれることによって備わっているものがあり、私はそれは強い力を持っていると考えています。
強い愛、尊敬の心、愛情の気持ちによって、私達がつくり出した問題は
解決していくのではないでしょうか
私達人間には物を考える知性が備わっているので
「老・病・死」も良きことに使う事を考えることができるのです。
(動物にはそれができません)
物を考える能力とやさしさは人間の価値で
それが「役に立つもの」「良い結果を出すもの」
になるのです。
第1のポイントは「人間価値の促進」で私はどこにいってもこのお話をします。
人間として生まれた人全てに備わっているものです。
そして第2の局面では、宗教の相互理解を深めるということです。
私達人間には様々な困難が待ち受けていますが、宗教は生きて行く力を与えます。
しかし、宗教間の考え方の違いから、争いが起こります。
様々な宗教が仲良く、お互いの理解を深め、やれる事をやっていく。
例えば、私は様々な国の聖地へ自分から喜んで巡礼します。
日本では神道を参拝するように心掛けています。
今日のタイトル「思いやりと人間関係について」
社会生活を営む・・グループとして、また大勢の人間の中の一人として生きて行くのに
他の人と親密な関係を育てるのはとても大切なことです。
周りの全ての人達に依存することで生き、他の人達によって未来が生じてくることを知る必要があります。
では、「愛・慈悲」という心とはどういう心でしょうか
同様に「執着」の心とは・・?
「慈悲」と「執着」の心の似ている点はお互いに親近感があり、自分の身近な存在である..というところです。
ではどのような違いがあるのでしょうか
本当の「慈悲」には偏見はありませんが、「執着」の心には偏見があります。
そして「慈悲」の心には知恵が備わっているが、「執着」の心には破壊が入ってきます。
全ての宗教は本当の「慈悲」についての必要性を説いています。
「執着」はある特定の身近な人にのみ持つ心。
「慈悲」は私達が観ている物に対して、嫌悪の気持ちと一緒になることはない。
「慈悲」は本当に広い意味を持っているので、そこには怒りの気持ちが入ってこない。
「執着」は他の人が友好に接してきてくれた時のみ、親近感とともに起こってくるものである。
そして「慈悲」の心というのは、相手がよくしてくれる時も、苦しみを与える時も
また自分も他人も敵であっても友人であっても、相手の立場になって考える気持ち・・これが「慈悲」の心という。
そして私達が子供の頃には「慈悲」は一般的なものの見方として自然に備わっているもの。
自分にとって、何か役に立つ人には親近感を持ち、役に立たないという時、親近感を持たない。そういう利己的な態度では×
「慈悲」の力を高めていく・・・祈り・瞑想が必ずしも必要ではない
私達が生き延びる為に必要なものは「慈悲」で
「愛」の力と「慈悲」の力によって「幸せ」になれる..誰の心にも備わっているものです。
母親の愛情(あるいはそれに相当する人の愛情)が欠けたら人間は育ちません。
母親が子供を育てる..お腹にいる時から、死を迎える時まで
私達は常に人からの愛情を受けています。
私達の心の幸せは「愛」と「慈悲」に育まれています。
自分自身の心が平和でゆったりしている時であると、敵がいても
敵対心を持つことがなく、内面的な幸せを得ることができます。
愛情が欠けていて、不安・心配がうずまいている子供は、人生がうずまいたものになってくる
命あるものは、育った環境に愛があるかどうかで、人生が違ってくる。
「執着」の気持ちが世界の混乱を引き起こしています。
「愛」や「慈悲」は宗教に関わる人だけのものでは、決してありません。
信心があってもなくても、全ての人間に備わっているものです。
良い見返りだけを求めて「慈悲」を持つのも×
そして未来は他の人達(との関わり)によって生じてきます。
そこには、ポジティブな部分とネガティブな部分が争っています。
ご両親・・・父、母であっても全く違う見え方があります。
それも受け入れていくことが大切
全てのものは相対的に存在していて、絶対的なものはなく
例えば、他人とひとつのものを観た時に、違いはあって当然...そういう捉え方を知ることです。
対象物を見る時、それは移り変わっていくものであり
同じ人であっても時間や見方で意見が変わることもあり
良く見えたり、悪く見えたり、
また、年輩の人の見方と若い人の見方とは自然に違っているわけです
他の人の物の見方を受け入れないというのは
ああ、こんな人だったんだ..という落胆の気持ちがでてきて、ジレンマがでてきます
より広い視野にたっていければ、また、こちらのゆとりを持ってみていく事が
今世をいかに意義ある人生にしていくか、あるいは幸せの因を来世に繋いでいくかということになります
私は「愛」「慈悲」の大きな波を世界に起こしていきたいのです。
私のお話の中で考えるべき点があったら、みなさんの中で何度も考え
そして実行して「愛」と「慈悲」を広めていってください。
しかし何の役にも立たないと思ったなら
この場限りで、忘れてくださって結構です。
・・・・・・以下の質疑応答は全部メモできなかったため、一部です・・・・・・
質問:
日本では最近、子供への虐待が問題になっていますが、どうしていけば良いでしょうか?
ダライ・ラマ法王
子供は愛情をもって育てないと、その子の人生もゆがんだものになってしまいます。
子供は常に親からの受け身の存在であるわけです。
子供に暴力をふる親には、その親の子供の時代に愛情が欠けていたと考えられますが
それはケースバイケースでひとつづつ問題を解決していかねばならず、ここで
お話するには難しいものがあるのではないでしょうか
質問:
学校の教師をしているのですが、最近、家庭に愛情に欠けた問題ある子供が多くなってきています。
そういった子供たちにどうしてあげれば良いのでしょうか。
ダライ・ラマ法王
自分の子供だと思って愛情ある接し方をしてあげてください。
質問:
子供を殺めた犯人に対する死刑を法王はどう思われますか
ダライ・ラマ法王
私は死刑制度には反対の立場をとっています。
死刑制度のある国が犯罪が少なくなっているか..といえば、決してそうではないからです。
特に未成年の犯罪の場合、人間には「間違い」を犯すことはあるわけです。
間違いを許すことは必要で、その人間を社会から消してしまう考え方は反対です。
自分の間違いを知り、その先の人生を人の役にたてることに使っていけるように
許すことは必要であると思います。
質問:
愛と慈悲の違いとは何でしょうか?
ダライ・ラマ法王:
愛は相手が幸せになることを願う心であり、慈悲は相手の苦しみが無くなったら良いと思う心で、この点が違うが、他はだいたい一緒です。
投稿者 nao : 00:00 | トラックバック (0) □106.ON WAR□