2007年08月25日
+BOOK+ 国際シンポジウム「小津安二郎」
小津安二郎生誕100年の時に開催された国際シンポジウム「OZU 2003」の記録。蓮實重彦、吉田喜重、山根貞男を中心に海外からがペドロ・コスタ、アッバス・キアロスタミ、ホウ・シャオシェン、マノエル・デ・オリエヴェラ、日本からは黒澤清、是枝裕和、青山真治などの監督や、また海外の映画批評家を集めてのセッション。
で、読んだ感想は、海外の映画批評家の話している内容は、人物が大きく見える..とか、小さく見える..とか、「麦秋」でのりこが遅く帰ってきてお茶漬けを食べるシーンを次のシーンとのつなぎで、なんとかかんとか..とか、まあ、要するに小津映画のショットの撮り方に海外の映画批評家は一番驚いているのね。それをものすごく回りくどく話すし日本人から観ると、日本人に昔よくあった日常風景なので、そこまで考えてないよ..というのがちょっと本音かなあ。デヴィッド・ボードウェルとかドナルド・リチーに影響されているんでしょうか?その点、海外の映画監督はみんな実にさらっとシンプルにわかりやすく、単純すぎるくらい、小津映画についての感想を述べるです。この違いはなんなんだ?
一番、印象に残ったというか共感を持てたのは青山真治の発言。小津監督にはまると、どんな映画を観ても「並んでる、小津だ!」「揃っている、小津のようだ」とまるで小津中毒のようになっちゃう..これはなんとか小津から抜け出さねば!!と思う..と述べていたところと、小津監督はアメリカ映画を真似ようとしてうまくいかなかったんじゃないか..そういう不器用さがあったんじゃないか..という意見。アメリカ映画の模倣ならむしろ山中貞雄の「人情紙風船」の方が成功しているんじゃないか..と。この意見は物議を醸し出してました。小津監督がアメリカ映画を真似ようとしてうまくいかなかったのではという意見は私もそう思う。それは観る側には感じないのだけれど、つくった小津監督は秘かに感じていたんじゃないかな。私は「人情紙風船」は観たことがないのですが、一度観てみたいと思いました。
あと、95歳になったマノエル・デ・オリエヴェラが「晩秋」の例の旅館で父・娘が枕を並べるシーンを、吉田喜重の「小津安二郎の反映画」の中で「近親相姦」と書いているが、自分は親子愛以上のものは感じない..と言い切ったところね。吉田喜重もそれについていろいろ意見を述べてましたが、こんな事を大きな話題にさせちゃう日本人側ってどんなものかと..。オリエヴィラ監督はその後、ファックスで本当に話し合いたかった独自の映画論を蓮實に送っている。
ソクーロフの「ファザー、サン」がやはり父息子のホモセクシャルだという意見に当のソクーロフは完全否定していて、そう見えるのは社会のモラルが低くなっているせいだと反論しているようだけれど、小津監督が生きていたら、「晩春」の父娘についてソクーロフと同じようなことを言ったのじゃないかなあと思う。私にはむしろ吉田喜重の考え方の方がよくわからないと思った。
読んだ感じとしては、まあまあなセッションだった感じ。というか、秘かに蓮實さんの力はすごいと思うんだけれど、日本映画界をひっぱっているのは彼だけじゃないと思いたいですし(汗)小津映画が日本人にこれだけ受け入れられ、海外で評価が高いのはやっぱり小津監督は言ったように「これが日本だと判るときがくるよ、日本人は座ってんだもの」ということだと思う、うん。
投稿者 nao : 00:00 | トラックバック (0) □103.BOOK(映画関連)□